帰国子女の悩みドコロ

帰国子女の悩みドコロ

帰国子女にだって、悩みくらいあるもんだ。そんな自身の悩みを学問として追及していたら、大学院にまで来てしまったというお話。

「定年まで働く」のは当たり前のことなのか?

本日のテーマ  
人生の半分は「仕事」

 

 

どーもー、おりばーです。

 

今日は英語や文化じゃなくて、教育について少し話したいなと。

中高の進路指導、大学でのキャリア教育において、職業選択の重要性を強く訴えることが多い。

どの大学に行くのか、どの学部で学ぶのか。
何の職業を選ぶのか、どの会社で働くのか。
それらの選択はすべて繋がっていて、人生の中でも1・2位を争う大きな決断となるだろう。

「20歳そこらで選んだ道によって、定年の60歳~65歳までの人生が決まる!!」
「だから進路選択・就職先は本当に慎重に選べ!!」

僕の通っていた高校の進路指導の教師がいつも言っていた言葉。

でも僕はふと思った。

労働の形がどんどん多様化して、それに伴い「生き方」すら日々変化している現代において、「定年まで働く」ということを当然の事のように扱っていいのだろうか?

もちろん、定年まで働くことは義務ではない。
65歳定年も、「希望する人は65歳まで雇用を義務化」という言わば企業側の義務だ。
労働者が60~65歳まで働きゃなきゃいけないという話ではない。

でも、僕が受けた教育の影響なのだろうか。
頭のどこかで「まぁ60過ぎまで働くよな」と何となく受け入れてしまっている
その発想を漠然と持っている人は僕だけじゃないと思う。

 

今日は、そんな自分へ言い聞かせる意味も込めて、「定年まで働く」以外の道を示す進路指導・キャリア教育の重要性について考えてみたいと思う。

 

 

進路選択という「人生の大きな決断」

 

よく言われる話からはじめよう。

進路選択・キャリア選択がなぜ大事なのかについて話すこちらの3分のビデオを見てほしい。

youtu.be

まぁ言っていることを要約すると、

  • 20歳前後での選択が65歳までの人生を決める!
  • だから進路・仕事の選択は慎重に!
  • 自分の好きなことに捧げる人生にしよう!

まぁドラマチックな音楽で盛り上げつつ内容は至って普通のもの。
ようは、好きなことを仕事にしよう、という話だ。

確かにこのように図解で示されると、ハッとする生徒もいるかも知れない。
高校、大学での選択が、自分の人生のこんな大部分を占めることになる。

考えてみたら結構恐ろしい話だ。
好きなこと、自分のパッションがまだ見つかってない人はどうすればいいのか?
仕事を始めて2~3年で、仕事が自分に合わないと苦しむ人はどうすればいいのか?
このひとつの決断が自分のこの先の40年を決めるとなると、かなりのプレッシャーだ。

高校・大学生の時期に感じている自分の「興味」が実際の職業として40年も継続する保証なんてないし、自分が今まで生きてきた倍以上の期間を一つのモノに捧げる勇気なんて、冷静に考えれば持てるわけがない。

 

仕事のあり方、生き方はどんどん多様化している

 

でも考えてみると、別に定年まで何かひとつの職業・職場に縛られるわけではない
同じ職種に就きながら職場を変えることも出来る。
なんなら職業そのものを変えることも可能だ。
40・50歳になってから大学院に行ってもう一度「学生」になることもできる。

グローバリゼーションに関する著書を多く出している僕の教授曰く、

"Jobs", in the way we think of them, will probably last for less than 10-20 years. Not that robots will take over. The whole system and meaning of "labour" is changing.


僕らが考える従来の意味での「仕事」はせいぜい10~20年そこらで消滅するだろう。ロボットに仕事を奪われる、というわけじゃない。社会が変わっていくことで、求められる「労働」の仕組みも意味もどんどん変わっているんだ。


今の時代において、働き方・お金の稼ぎ方なんて一つじゃない。

在宅でできる仕事も増えていれば、パソコン一つで出来る仕事も増えている。
ブログなんてまさしくそうだ。
企業として、じゃなくて個人としての情報発信でお金を稼げる。
従来の意味でのオフィスや工場を必要とする「労働」とはだいぶ変わってきている。

ユーチューブでの有名人なども同様だ。
大手のテレビ局がやっているような番組企画、エンタメ作りを個人やチームで行っている。
十数年前からしたら、考えられないような仕事が今は次々と出てきている。

生き方だってそうだ。
結婚しない、子どもを産まない「若者」がまるで軟弱者のように扱われている
恋愛下手、「コミュ障」、草食系。

確かに一世代上の人からしたら信じられないことなのかもしれない。
でも、僕らは生まれた時代も、これから歩まなきゃいけない時代も全く違う。
生き方が違うからと言って、それが「不幸」だとどうして思うのだろうか。

「人生の先輩」から学ぶことは確かに大事だ。
でも、国際社会も日本国内も常に変化している以上、僕らの「生きる知恵」や「常識」がいつまで通用するかなんて誰にもわからない。

2017年に生まれた子が歩む道は、僕らには未知数なんだ。
同じ時代に生まれて、同じ環境に生まれたわけでもない以上、いつだって子どもの未来は「前例がない」ということを忘れてはならない。

 

「これまでの時代」のために育てても意味がない

 

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教育において大事なことはなにか。

それは教師たちの歩んできた「これまでの社会」と子どもたちが歩む「これからの社会」が違うということをしっかりと大人側が理解することじゃないだろうか。

自分たちの時代で上手く生きてゆける子を育てる。
それではダメだということだ。

その子たち自身が今後歩んでゆく、未知数で、未体験の時代に備えなくてはならない。

それは簡単なことではないと思う。

でも、大人側が自らの発想を変えることは決して難しいことではない

働き方も、生き方も多様化している。
自分たちの時代では考えられなかったようなことが起きている。
それらを否定したところで意味がないことを分かるべきだ。

ブログで稼ぐなんて、「ちゃんとした職業」じゃない?
ユーチューブで稼ぐなんて、ただの遊びで、仕事とは認めない?

時代は常に変化して行っているのに、こういう「従来の労働」という枠からはみ出た稼ぎ方をする人を、多くの人が叩き、批判する。
では、朝決まった時間に毎日オフィスに行って、結局は自宅で済む仕事を、考え方も価値観も違う人たちとデスクをつき合わせてこなすことが、果たして本当に「ちゃんとした仕事」なのか?

在宅で出来る仕事を、簡単な仕事、楽な仕事だと決め付けてはいけない。
ましてや、「ちゃんとした仕事」じゃないと決め付けるのはナンセンスだ。

 

「定年までの人生を後悔させない進路指導」ではいけない

 

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働き方も生き方も変化している時代の中で、「定年まで働く」を普通のことにすべきではない。

これまでの進路指導・キャリア教育の多くは、「定年までの40年間を後悔しないように、入り口時点での選択をしっかり考えさせる」というものだった。
でも、今後はそれだけではいけないと思う。
どうして「定年まで働く」ありきの教育なのか?

僕が思う、これからの進路指導・キャリア教育。
それは「卒業後に歩める様々な進路の可能性を提示する」ものであるべきだ。

在宅での仕事も可能性だ。
主婦や主夫も可能性だ。
結婚しないことだって、家族を持たない事だって可能性だ。
定年まで働きたいと思う程の職に出会えたのなら、それも当然ひとつの可能性だ。

大企業で働いて、定年退職または寿退社して、余生を過ごす。
そんな考え方に縛られる必要なんて、一切ない。

好きなことをやるタイミングに、決まりや期限なんてない。

20代で仕事をやめたら軟弱者か?
それが自分に合わないと思ったらどうしようとその人個人の自由だろう。

大学卒業までにパッションを見つけなきゃいけないのか?
30、40歳で好きなことが新しく出てきて、それを追うことの何が悪い。

「従来」という発想に縛られ、60歳まで縛られた人生だと思わせるような教育をすべきではない。
「少しでも楽しいと思える40年間にしよう!」という発想からいい加減離れよう。

 

結論!"Work to live, not live to work"

 

僕らは生きるために働くのであって、働くために生きているわけじゃない。

そりゃ好きなことを仕事に出来たら幸せな人もいるだろう。
でも、「好き」が仕事になると、途端に辛くなることだってある。
好きゆえに際限なく頑張りすぎて、燃え尽きてしまうこともある。

 

"Time is precious" (「時間」とは貴重なものだ)

冒頭での YouTube の動画のメッセージ自体は正しいだろう。
でも、「時間」が貴重なのは、20代での決断がその先の40年を決めるからではない。

「時間」が貴重なのは、それは「あなた」だけのものだからだ
誰かが「あなた」の代わりに使うことなんて出来ない。
「あなたの時間」を「あなた」がどう使おうが、それは個人の自由。

だったら「60過ぎまで働いて」、と当然のように人生設計をせずに、今の「あなた」がやりたいことをもっと考えてもいいんじゃないだろうか?

40年も縛られるという発想を捨てれば、失敗や後悔をする時間なんて幾らでもあることが分かる。

「やればよかったな」「やりたかったな」を「余生」と呼ばれる時まで温存する必要なんてない。

「従来」の発想や意見に縛られるな。
だって「これから」歩む人生は「これまで」のものとはまるで違うんだから。

そして人を導き、指導する者は自分たちの「これまで」に囚われてはいけない。
その子たちの「これから」を一緒に考えてゆける人になろう。

 

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photo credit: Luca Serazzi Time via photopin (license)

"Time IS precious"
(「時間」とは本当に貴重なものだ)

 

 

では、僕から以上っ!!

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