英語
教育現場や学習者自身から良く聞かれる言葉、「英語ができる」「英語ができない」。「できる」「できない」の明確な境目はあるのか?「できる」「できない」という発想で行き詰らない為に、その間について考えようという話。
英語を「活かせる」仕事というのは、ただ単に英語が「使う」仕事とは違うと思う。英語関連の仕事は全部この人に、と職場の「英語担当」になることが、英語を「活かす」仕事ではない理由について考えてみた。
英語を「マスター」する、「完璧」にする。もうそんな言葉を使うのはやめよう。言語に「完璧」なんてない、ということについて考えてみた。
英語における大学の呼び方。University of ○○ と、○○ University ではどちらが正しいのだろうか?使い分けについて説明しつつ、文脈抜きで意味を考える危険性について考えてみた。
海外に住めば英語ペラペラに。帰国子女・留学生・海外在住者ならばそれが真実でないことは分かっているはず。言語教育の視点から、何故この考えが幻想に過ぎないのかについて考えて見た。
「帰国子女は英語ができて当たり前」。その世間での認識が、英語ができない帰国子女たちを苦しめている。帰国子女から英語を引いたら何が残るのか、考えてみよう。
「その英語、実はネイティブに笑われてる」なんて宣伝文句があちこちで見受けられる。これからの時代、「ネイティブに笑われない英語を身につける」ということを目標にすべきではない。#thisis2016から考える、人種、言語、そして僕らが目指すべき場所とは。
日本で英語教育を語るにおいて、必ず話題に出るであろう「ネイティブ」。「ネイティブ」とは一体なんなのか、その言葉の意味を探りつつ、今の日本社会におけるネイティブ信仰のあり方について、一緒に考えてみよう。
言語が流暢な人のことを、「ペラペラ」って言うけど、「ペラペラ」とは言われて気分のいい言葉なのだろうか?どーもこの言葉が好きになれない、その個人的な理由を話すとしよう。
帰国子女は何故「ずるい」と言われてしまうのか。「ずるい」と「羨ましい」の言葉の違いに触れつつ、その言葉の裏に何があるのか、一緒に考えてみよう。
帰国子女をコロす言葉、「英語でなんかしゃべって」。返答をあれこれ工夫してみても、気持ち良く会話が進むことなんて滅多にない。そうなる理由と、本当はどうすればいいのかについて、一緒に考えてみよう。